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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2760号 判決

原告 愛知電子株式会社

右代表者代表取締役 山口正之

右訴訟代理人弁護士 鮎澤多俊

被告 株式会社東京銀行

右代表者代表取締役 高垣佑

右訴訟代理人支配人 平野広

右訴訟代理人弁護士 太田忠義

被告 児玉浩

右訴訟代理人弁護士 宮崎裕二

右訴訟復代理人弁護士 宮崎陽子

主文

一  被告児玉浩は原告に対し、金四七二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告児玉浩に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告株式会社東京銀行に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

理由

一  請求の原因2の事実、同5の事実中、輸出荷為替円貨代金振込依頼が原告への本件商品代金支払いを担保するためとの点を除く事実、同9の事実中、被告銀行が、昭和六〇年二月七日、買取つた円貨代金のうち、四七二万五〇〇〇円を三星の預金口座に入金したこと、同11の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求の原因1の事実及び同4の事実中の本件商品が納入された期日の点を除く事実は、原告と被告児玉の間においては争いがない。原告と同被告の間では成立に争いがなく、被告銀行に対する関係では証人山口正裕(以下「証人山口」という。)の証言により真正に成立したと認められる≪証拠≫並びに本件弁論の全趣旨によれば、原告主張の請求の原因1、3、4の各事実及び三星が被告銀行に輸出荷為替円貨代金振込依頼をしたのは、原告と三星とは本件商品の売買が初めての取引で三星の原告に対する信用が充分でなかつたため、原告が確実に代金を入手できるようにとの目的でなされたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  請求の原因6及び8の各事実は、原告と被告銀行との間に争いがなく、≪証拠≫によれば、右各事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  ≪証拠≫によれば、三星の被告銀行に対する輸出荷為替円貨代金振込依頼書(乙第二号証)には、前記一に認定した事実のほか、三星が被告銀行に対し、確認、誓約した事項として左記の約定が明記されていることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  貴行の都合により、当該輸出荷為替を貴行において買取をなされない場合、あるいは買取円貨代金を本依頼書のとおり処理願えない場合でも当社は異議を述べません。

2  本振込依頼は貴行当社間の約束で、貴行は当社以外の第三者に対し、なんらの義務も負担しないことを確認いたします。

3  この件ならびにこれに付随して起こつた一切の事故については当社において一切責任を負い貴行に迷惑をかけません。

右事実によれば、右三星と被告銀行との間の右依頼書による契約関係は、被告銀行が三星から買取る輸出荷為替手形の円貨代金のうち契約に定める金額を契約に定める原告の預金口座へ振込む方法により送金する事務の委任契約に過ぎず、しかも、三星は、被告銀行がその都合により右依頼書のとおり振込送金しない場合でも異議をいわないことを約しているのであるから、右契約は、第三者である原告のためにする契約でも、原告に対し右代金の支払いを保証するものでもなく、被告銀行は原告に対し、なんらの義務も負担しないものと解される。したがつて、被告銀行が右円貨代金を原告の預金口座ではなく三星の預金口座へ振込んだことは原告に対する違法行為には当たらないというべきである。

よつて、原告の被告銀行に対する損害賠償請求は、その余の点の判断をするまでもなく理由がない。

五  次に、被告児玉の損害賠償責任につき、検討する。

1  三星と被告銀行間の前記輸出荷為替円貨代金振込依頼の有効期限を延長する旨契約を変更したと認めるべき証拠も、銀行が信用状発行銀行に対し買取可否の照会をした場合には、その取引にかかわる代金振込依頼の有効期限が当然に延長されるとの取引慣行が存在すると認めるべき証拠もない。

したがつて、三星は原告に対し、被告銀行に右円貨代金振込依頼の有効期限の延長を申込むか少なくとも別途右代金を前記約定の原告の預金口座へ振込むことを指示すべき債務があつたといわなければならない。

2  ≪証拠≫並びに被告児玉本人尋問の結果によれば、被告銀行は、前記のとおり昭和六〇年一月二九日、再割引銀行である訴外株式会社三菱銀行大阪支店を経由して信用状発行銀行に対し買取可否の照会をしたところ、同年二月七日電信により「買取可」との回答があつたので、同日、被告銀行船場支店の行員北条高志が三星に架電して右回答を連絡するとともに三通りある支払方法のどれを選択するか及び先に振込依頼があつた関係でどの預金口座に振込入金するかを尋ね、三星の専務取締役和田吉三の指示により前記輸出荷為替手形の買取をなしたうえ、スポツトにより換算した円貨代金を三星の預金口座に入金したことが認められる。

被告児玉は、右和田吉三が指示した事実を争い、訴外大津明は、昭和六〇年三月二五日、被告銀行の原告代理人奥村仁三弁護士あての回答書を起案した際、被告銀行が事後に三星から徴求した右振込依頼の取消依頼書(乙第四号証)を論拠に「被告銀行は同年一月二九日三星より振込依頼撤回の申出を受けた。」旨乙第三号証の記載と矛盾する事実を記載していることは、乙第三号証の右記載がその後になされたことを示すと指摘し、右主張に沿う被告銀行に対する三星の預金口座への振込指示の事実を否定する証人和田吉三の証言もある。しかし、被告銀行としては事務処理上どうしても、三星に対し、買取可の照会回答の連絡及び支払方法の問い合わせをする必要があり、その際に振込指示を受けたというのも自然であるうえ、証人大津の「被告銀行の担当者が事後的に契約関係を明確にする目的で乙第四号証を三星から徴求したが、右作成経緯を知らずに右書類に基づき右回答書を起案した。」旨の証言も一応首肯でき、乙第四号証が事後に作成されたこと及び訴外大津明がこれに基づいて右回答書の起案をしたことは、右認定を覆すに足りないし、証人和田吉三の右証言は、右掲記各証拠と対比してたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  ≪証拠≫及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1)  三星は、資本金一〇〇〇万円の主として繊維織物、機械などの輸出を業としていた会社であり、昭和六〇年二月当時、代表取締役である被告児玉が営業関係を、専務取締役である訴外和田吉三が経理をそれぞれ主として担当し、従業員約一五名中、営業外の総務、経理の担当者は、女子二名のみの人員構成であり、昭和五六年一〇月一日以降の営業の決算は、損失続きであつて、昭和六〇年三月末において、約二億九二四一万円もの債務超過の状態であつた。

(2)  三星は、昭和五九年一〇月一日以降ますます業績不振であり、資金繰りは逼迫し、昭和六〇年二月頃は、毎日預金残額を取引銀行に問い合わせたうえで小切手を振出す状態であり、訴外和田吉三及び被告児玉は、どのような入金があつたかを把握することに重大な関心を抱いていた。

(3)  三星は、昭和六〇年二月二日から同月七日まで、被告銀行船場支店の当座預金口座には残高四万四五六八円を有するのみであつたが、同月七日、前記輸出荷為替円貨代金五三三万二七二五円の入金があるや、同月八日、小切手で一〇万円出金し、同月一二日には右口座から現金で合計一九五万円の支払いを受けている。

(4)  訴外和田吉三は、右被告銀行からの入金を知つた日の昼食時に被告児玉にその事実を報告した。

(5)  ところが、三星は原告に対し、直ちに約定の代金を支払わず、被告児玉は訴外和田吉三に同月末には資金を都合して支払うように指示したが、その時点では、同月末の資金繰りの見通しは立つていなかつた。

(6)  三星は、その後銀行からの融資に失敗して昭和六〇年二月二八日、第一回の手形不渡事故を発生させて支払い不能に陥り、前記のとおり自己破産を申立て破産宣告を受けた。

現在、破産債権に対する配当をなし得る見通しは立つていない。

以上の事実が認められ、右事実及び前記2に認定した事実によれば、被告児玉は、遅くとも昭和六〇年二月八日には、振込入金の事実を知つたのであるから、直ちに原告に送金すべきであつたのに資金繰りに窮していたため、いつ倒産状態に陥るかも知れない極度の苦境にあつて同月末の資金繰りの見通しも立たないままこれを三星の同月一五日の支払い資金として流用したものと認められ、これに反する「被告銀行からの入金は、当時一〇〇〇万円の取引申込があつたインド商からの入金と思つた。右入金が原告へ振込まれるべきものであつたことを知つたのは、被告銀行から計算書を受取つた昭和六〇年二月一五日である。」旨の証人和田吉三の証言及び同旨の被告児玉の供述は、右各認定事実及びインド商からの代金内金の入金としては、手数料を差し引いたにしてもいかにも半端な金額であり、取引に精通する訴外和田吉三及び被告児玉がインド商からの入金と信じたとは思えないことに照らし容易に措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  以上の事実によると、被告児玉が原告に直ちに送金すべき本件商品代金を送金せずに他の支払いの資金とするように指示したことは、原告に対する契約の履行につき代表取締役としての業務執行上少なくとも重大な過失があつたものといわざるを得ず、したがつて、被告児玉は、商法二六六条ノ三、一項により原告の被つた損害である右代金相当額の四七二万五〇〇〇円を賠償すべき義務がある。

なお、原告は、付帯請求として右代金の支払いを受けることが可能であつた日の翌日である昭和六〇年二月八日から完済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払いを請求するが、右損害賠償義務は、履行期の定めのない債務として請求を受けた時より遅滞に陥ると解すべきであり、また、右債務は、商行為によつて生じたものとは解されないから、商事法定利率の適用はなく、被告児玉に対する請求がなされたと認められる本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一〇月二〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求する範囲で理由があるものと解する。

六  よつて、原告の本訴請求は、被告児玉に対し、損害賠償金四七二万五〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一〇月二〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余はいずれも理由がないからこれを棄却

(裁判官 猪瀬俊雄)

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